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【サンタバーバラ】ラディカル・ラーニング
Get out of your mind, into your body, and heal.

キオ・グリフィス(ヴィジュアル・サウンド・アーティスト、キュレーター、デザイナー、ライター)

2021年07月01日号

昨年からのコロナ禍で、美術館やギャラリー、劇場、オルタナティブスペースなど、これまで確立されてきた、人々が接触する具体的な場が断たれてしまった文化芸術の状況は大きく揺さぶられた。特に現場でしか体感できない立体作品、インスタレーション、そして身体表現をベースに観客との繋がりから躍動感を活性化させるダンス、ボディムーブメント、パフォーマンスの分野はバーチャル会場の可能性を早急に開拓せざるをえなくなった。

オンラインプラットフォームの模索

欧米諸国では会社の会議や学校の授業など、対面が必要な場の多くはその代用としてZoomがいち早く導入されていった。しかし初期バージョンのZoomには音質、画質の機能に限界がみられ、配信不調のグリッチ(glitch)が多発し、現物の質感やライブ演技を受信者にリアルタイムに届けるにはいささか無理があった。こうした状況下に置かれたアーティストやミュージシャンたちは新たなオンラインのプラットフォームの開拓や探索に乗り出し、すでにある映像配信サイトYouTubeやVimeoをはじめ、ゲーマーサイトとして人気があった帯域幅の処理能力の高いTwitch、音声配信だけに焦点を絞った雑談アプリClubhouseなどにチャンネルを開設する方向へと速やかに切り替わっていった。



バーチャル化した大学院生の論文発表の様子


オンライン化が開いた大学教育

教育機関も同様にZoomでの授業へと早々に切り替える事となったが、集まってゼミを行なうことのできなくなった美術等の実技系の授業では実体験による確証性を大きく失うこととなった。しかしオンラインでの授業も悪いことばかりではなかった。バーチャルミーティングの画面表示でのそれぞれの肖像の表示のされ方をSquare Faceと言うようになり、個々の人々が同じ型の枠にそれぞれ収まったフラットな状態を、ある種のニューデモクラシーと見做した。

筆者が関わっていたカリフォルニア大学サンタバーバラ校では、大学へのアクセスを失った学生たちが自宅待機でリモート授業に参加しているなか、美術学部長キム・ヤスダ教授が先導し、このコロナ禍のチャレンジに応じてこれまでの授業では考えられないコンテンツを企画していた。それはこのバーチャル環境を逆手に取り、いままで学部の予算では不可能だった国外のアーティストをゲスト講師として迎えるというものだった。若手や新進気鋭(Emerging)のアーティストたちに自国の自宅やスタジオから直接Zoomに参加してもらい、ネット映像を通してのスタジオ見学や講義に加え、学生とのQ&Aや討論なども行なう。



キム・ヤスダ教授によるオンライン授業


去年の秋学期に最初に実行したこの企画は成功を収め、さらに国内外のほかの美大や美術学部と連携、共有していくこととなった。「Agency | Urgency」と名付けられたこの企画は、同校の卒業生ティファニー・チャング氏によって立ち上げられ、教育機関のあいだを同盟関係の共同体に変え、学生たちは自分のキャンパスや大学以外の授業にも自由に参加できるような機会を得たのだった。

登壇するゲスト講師もアーティストだけにとどまらず、キュレーター、小説家、政治家、文化人類学者や民俗学者等、多岐に広げられていった。このような企画が発端となって全米の大学にネットワークが広がり、活動が休止になった欧米の講師となる側もステイホームを強いられている状況であったことも相まり、バーバラ・クルーガー、ゲルハルト・リヒター、アニッシュ・カプーア、ジェニー・ホルツァ―、ティファニー・チュン、ナン・ゴールディン、ケネス・タム、シースター・ゲーツ、ニコラス・ガラニン、クリスティーナ・リー、ゾーイ・バット、ダイアナ・キャンベル・ベタンコート、トーン・オラフ・ニールセン、ンゴネ・フォール、ラクス・メディア・コレクティヴ、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト、パトリッセ・カラーズ(Black Lives Matter創始者)など、一線で活躍する講師陣が続々と名を連ねた。



デンマーク・デザインミュージアムで展示された、特大化したハンス・ウェグナーのシェル・チェアに座っているキム・ヤスダ教授(2018)[Photo by Brian Bloomfield]


大学から生まれるアートムーブメント

このようにコロナ禍での授業の需要から考案された企画がアート・プロジェクト化し、大学の授業の場がアート・ムーブメントの場として社会へと開いていったのである。その影響力の成果も、参加していた学生たちの意識や立ち居振る舞いの変化に見てとれるようになった。討論の内容では、コロナがアメリカ国内で深刻化する前に問題となっていた大学側を相手取った学生の労働賃金運動のことや、ポリティカル・アート、リビング・サスティナビリティーの方法論に基づくアクションなど、キーワードでよく耳にする言葉をあげるとadvocacy(支持、表明)、agency(代理、荷い活動する組織)、resilience(苦境からの回復力、復活)、solidarity(連帯、団結)などが挙げられる。教科書や参考文献も同時に変更し、ダイバーシティ、他文化への意識、QBIPOC(キューバイポック:クイア、黒人、先住民、有色人種)論などが導入された。Black Studies学部のジェフリー・スチュワート教授の提案でBlack Studiesの文献も増加するようになった。主に、ベル・フックス、アレイン・ロック、ソニア・サンチェス、ジェイムズ・ボールドウィン、オードリー・ロード、W・E・B・デュボイス、アイダ・B・ウェルズなどである。



ジェフリー・スチュワート教授のオンライン授業


メインストリームになった「マイノリティ」

ここから先は、いま大学で特に話題に上がっているトピックの具体的な内容を少し紹介していきたい。

前出のスチュワート教授は2019年の著書『The New Negro』で同年ピュリツァー賞を受賞した。100年前、1920年代にニューヨークのハーレム地区から発生した黒人芸術文化を民族的覚醒によって開化させる運動として興ったハーレム・ルネサンスの精神において「新しい黒人像」を定義した作家アレイン・ロック氏の伝記である。アフリカ大陸から遥か離れディアスポラとなってしまった人々が、失われた文化への郷愁を超え、失われたがゆえにその身体の中で純化した文化の固有性と、異文化の価値観のなかで身ひとつで生き抜く困難さに抗うさまざまな感情をひとつのかたちに結実させた尊い表現。過酷な状況のなかで絶えず何度も生まれ変わる(rebirth)アイデンティティとサバイバル精神の融合した運動体の表現は、世に新たな表現を輩出すると同時に、彼ら自身の新しいアイデンティティを生成していくことにも繋がっていた。

スチュワート教授はこう語っている。「ハーレム・ルネサンスは、文化効力的な (cultural efficacy)動きから、ハーレムに集積した黒人コミュニティによって想定された美学精神から編み出された新しい音楽、絵画、文学の表現開花だった。しかし1920年代後期のアメリカは世界大恐慌による不況に見舞われ、それを打開しようとするあらゆる主義の暴走、さらに世界大戦の再勃発で40年代は過ぎ去った。勝戦国アメリカは豊かなゴールデン・エイジを迎えワールド・パワーの上位に登ったが豊かな生活水準はアメリカ国民の全ての人種には供与されず、冷酷でアンフェアだった50年代にはアフリカ系アメリカ人による公民権運動が動き出した。その先導者のひとりであるマルコムXが1965年に暗殺された後、文豪のアミリ・バラカ(リロイ・ジョーンズ)がBlack Arts Movement(BAM)を設立することで3回目のrebirthが起こったんだ。そしてそれは大規模で広範囲にわたるムーブメントになった。西洋美術の伝統と観念から脱却し、西洋文化に則った文学や絵画の創作をやめ、黒人特有、しかも祖国アフリカとも異なる、アフリカ系アメリカ人としての新しい美術の表現方法が提唱された。アレイン・ロックの本はこのとき再出版され、一種のバイブルとして読まれていた。私もロック氏の伝記を100年後の現代に掘り起こし、書籍として書き表すことでまた今の時代に新しい波を引き起こしたいのだ」



著書『The New Negro』とジェフリー・スチュワート教授[Photo by Lluvia Higuera]


現在アメリカで注目されている言葉に「BIPOC(バイポック)」がある。これは「Black, Indigenous, and People Of Color」の略で「黒人、先住民、有色人種」の総称である。コロナ禍での閉塞状況で再燃した人種差別的意識がジョージフロイド事件等を連鎖的に引き起こし、そこで火のついた人権、ジェンダーバランス、経済格差についての大議論は、各方面で歴史修正論に基づく再定義を必要とさせるに至った。現代美術界では近年、白人至上主義から積極的に離別しBIPOCのアーティストたちが急速に注目されるようになった。さらに昨今では、人種的多様性を表わすBIPOCに加え、性別的な多様性を表わすクイア(Queer)を加えたQBIPOC(キューバイポック)へとさらにその意識は拡充してきている。

性別的な多様性の実例でいうと、例えば筆者が学位在学中の30年前はLGBTQの同級生は少数であったのに比べ、3年前に大学院でともに学んだLGBTQの同級生は実に全体の8割にのぼった。要するに学生のあいだではすでにヘテロがマイノリティ化しているのだった。さらに今の学生たちはノンバイナリージェンダー=自分の性認識に男性か女性かという枠組みをあてはめないという考え方がある。通常の男子個人、女子個人を指す代名詞はhe/him/his、she/her/hersであるが、ノンバイナリーの人個人のことはthey/them/theirsなどと呼ぶ。さらに、中性代名詞はほかにもxe(ズィー)、ze(ズィー)、per(パー)、ve(ヴィー)、ey(エイ)など、多様な呼び方があるようである。

カリフォルニア大学サンタバーバラ校の教授たちや学生がいち早くこのようなラディカルな動きを見せている背景として、同美術学部前美術学部長のディック・ヘブディジ教授の存在は大きいだろう。ヘブディジ教授は60年代から70年代までイギリスの社会学者であり、カルチュラル・スタディーズの創建者であるスチュアート・ホールの下で文化人類学、社会学などの研究をしていた。ヘブディジ教授の代表的な著作『サブカルチャー スタイルの意味するもの』(1979/邦訳:未来社、1986)は、その当時の若者のバイブルに匹敵する名著である。ヘブディジ教授自身は体感型の研究者でローリング・ストーンズ、ピンク・フロイド、セックス・ピストルズ、デビッド・ボウイをはじめ、ダブ、レゲエミュージシャンたちの生活のなかに踏み込んで実体験の分析を続けてきた。バーミンガムの研究所を退所してからはロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)、ロンドン大学ゴールドスミス校で教授職を歴任、その後カリフォルニアに移住し、CalArtsの社会学部長、そしてカリフォルニア大学サンタバーバラ校の社会学部、映像学部と美術学部の学部長を務めてきた。サンタバーバラ校では複数の学部を繋げて学科どうしの境界線を次々と外していき、美学や現代美術論を普段は縁がない学部生に届け、さらに美術学部と他学部との多くのコラボレーションを仕掛けることに成功した。また既出のキム・ヤスダ教授やジェフリー・スチュワート教授などの優れた教授たちを早い段階から誘致した張本人でもある。



ディック・ヘブディジ教授[Photo courtesy of Dick Hebdige]


コロナ禍が終息に向かっているはずの、このやや不安定な時期。判断のしようがない変異株の拡散状況、延々と終わらない人種へのヘイトクライム、政治と経済のモラルの行方。ここをこれからどのようにナビゲーションするかが運命を大きく左右するという危機感を募らせているのはこれから社会にデビューする大学生たちだ。バーチャルなベールを通して現在のアメリカ社会で起こっているさまざまな問題を俯瞰的に捉える基盤が形成され、学生の意識を高めた。半世紀前に鎮圧された学生運動が、現在のあらゆるキャンパスで新たなフロントラインを形成しつつある。彼らのこれからの動きこそ今後のアメリカのアートシーンに大きな影響を与えるものになるのではないか。相変わらず構造変換できないでいるギャラリーや美術館に比べ、いち早く時代の波に対応してきているのが大学教育の場なのだといえる。

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